naranoasuka’s blog

総ての世界に通じる道理に関して追求するブログです

【最期の伝言】

 私はイチジクが大好きです。子供の頃、すぐ近くの家に大きなイチジクの木がありました。私はその家のおばちゃんからイチジクをよく貰っていたのです。私の事をとても可愛がって下さいました。

 

 

 おばちゃんはある宗教に入信していました。それも○○学会が出来る初期の頃です。私は誘われてその学会の本部や青年団?に訳もわからず参加させられていたのです。それを私の父が知り、父はおばちゃんに私を○○学会に入れるなら近所づきあいを止めるとはっきり言ったらしいです(私は幼くて知らなかった)

 

 

 結局おばちゃんは、96歳で他界されるまで○○学会で活動されたのです。○○学会の初期の頃の話とか戸田城聖の事などおばちゃんから当時教えて貰いました。私はおばちゃんに可愛がってもらったので、お葬式に出席させて頂きました。その時おばちゃんの孫である私の妹分の久美子(他界しました)がこう言ったのです。

 

 

 「あのねおばあちゃんの最期の言葉はね、『私は〇田〇作を信じたわけではない。私は日蓮上人を信心したのだよ!』と言って亡くなったと教えてくれました。久美子を通して私に伝言してくれたんですね。

 

 

 私はおばちゃんの面影が今でもありありと思い浮かべられます。戦中戦後を生き抜いたあっぱれな人生を過ごされた方です。やはり凄い方だったなあと思います。その事を伝えてくれた久美子ももうこの世にいません。今頃は両親とおばあちゃんと仲良く天国で暮らしている事でしょう。

 

 

 追伸です。カレード・スコープさんのHP統一教会と創価学会の漆黒の闇を知らなければならない③ | ハリマオレポート (fc2.com)よると、動画「なかのひとのアンテナ!「石濱哲信」 vol.3」で話されています。その内容は:

 

 石濱哲信氏は『明治維新後、仏教潰しが行われた。その後仏教を戻そうとして校長だった牧口常三郎創価教育学会」を作ったのです。同じ思いの戸田城聖と名乗る若者が、牧口常三郎を訪ねてきたことが縁で、牧口校長は戸田城聖を白金小学校の代用教員として採用した。



 牧口常三郎が亡くなると、その遺志を継いだ戸田城聖は、仏教を教育界だけでなく、一般家庭にも広めようと分かりやすく解釈した説法を始めた。➡おばちゃんは日蓮上人の教えに基づいて信心されていた。

 

 

 戸田城聖(二代目創価学会会長)は信者が50~60万世帯にまで拡大したとき、突然、亡くなってしまう。戸田の死後3年間は、創価学会会長の席は空白のまま推移した。そのとき、「朝鮮を統治するのは私だ」と偽って突然登場した金日成と同じように、「私が戸田城聖師から後継者となるように仰せつかった池田大作です」と言って、どこからともなく現れたのが若干30歳の池田大作という男だった』

 

 

 私を可愛がってくれたおばちゃんは、きっと真実を判っていたのだと思いました。私にどうしてもその事を解って欲しかったに違いありません。私はおばちゃんの事を尊敬しています。おばちゃんの信心の真心は、私の心に響いています。どうぞ天国で安らかにお過ごしくださいね。