私は子供の頃から本を読むのが大好きでした。小学校では特に伝記ばかり読んでいました。そんな中でも神の啓示を受けて行動された方達の伝記を読むと涙が止まらなかったのです。
なぜ私はキリシタンでもない(私の家族や親戚などにキリシタンの方は誰もいない)のに神の啓示にこだわるのでしょう。その答えは師に出会ったことで最近やっと解ったのです。
話は神の啓示に戻ります。神の啓示を受けて、フランス軍に従軍しイングランドとの百年戦争で重要な戦いに参戦して勝利を収めたジャンヌダルクは有名ですね。
次に神の啓示で行動をとられたお二人がみえます。ナイチンゲールとマザーテレサです。
話は変わります。私は小学校の時に読んだ細川ガラシャ夫人の伝記を読み、もし自分に女の子が生まれたら玉子と名付けようと考えていました。小学校の子供ですまだ私は。とにかく玉子が好きでたまらなかったのです。出産後女の子が産まれたので、玉子と名前を付けようと思ったのですが、姓名判断により画数が良くないと却下されてしまいました。仕方なくあきらめたのですが・・・
その事を師に話しました。師は「お前は当時ルイス・フロイスに会ったことがあるぞ。明智の娘にルイス・フロイスを紹介したのはお前だ。明智の娘がキリシタンになったのは、まあお前の影響だわな」と言われたのです。
私は急いで織田信長関連の書物を取り寄せて何冊も読みあさりました。しかし宣教師ルイス・フロイスの日本史の中には明智光秀の娘がルイス・フロイスと会ったとか私と仲が良かったなどという記録はないのです。
信長公記に関しても、私や明智光秀の娘の記録はありません。ただ私の魂は覚えていたのです。数百年経過しても明智光秀の娘である玉子のことを。自分の娘に玉子という名前を付けたいという切実な想いがあったのです。
まわるまわるよ 時代はまわる 別れと出逢いをくり返し 今日は倒れた旅人たちも 生まれ変って歩き出すよ
いつかどこかで再び巡り会えることを祈っております。