私の勤務していた病院は高速道路が近いため、交通事故の患者さんが多く運ばれてきました。高速道路での事故は、一般道と違いかなり酷いケースが多いのです。
その中でもある大学生の男の子の事は忘れられません。彼はオートバイが大好きでよくツーリングをしていたそうです。ある日バイクで高速道路を走行中に、自動車に跳ねられました。その時に目撃者の話によると、100mほど宙に舞い彼は道路に落ちたそうです。周りの誰しも彼は亡くなったと思ったのです。
その時、彼の体がピクッと動いたのを見た人が「救急車を呼べ!」と。それから私の勤務する病院に運ばれてきました。運命は彼を生かす方向へと向かったのです。たまたま偶然にも血管外科の優秀な先生が当直でいました。もしこの時他の科の先生なら多分彼は助からなかったでしょう。
『四肢における外傷性血管損傷は非常に稀な外傷であり、 一度遭遇すると、他の外傷とは比較にならないほどの緊急性が要求される。早期診断、早期治療が最も大切であるが、血管損傷及び血行障害の診断には熟練を要す。症状、所見、検査等をフルに活用 し、 的確な判断をくだし た後、血行再建を行う 。時期を逸した後に起 こる阻血性壊死 ・拘縮は、重度な機能障害を残す 6~8 時間の許容時間 Cgold en time)内の血行再建が望まれるが、早ければ早いほど成績は良い。血行再建には、血管外科に熟達した専門医の協力が不可欠である。』とあります。
緊急手術による大腿部の血管縫合も成功し、彼は足を切断せずにすみました。意識は戻らずそのまましばらく1か月ほどICUに入っていました。状態が落ち着き私のいる整形病棟にICUから転棟してきました.
意識ははっきりせずに、うわ言でうなされ昏睡状態でした。私は彼のバイタルや全身状態のチェックをしていました。両眼は閉眼したままでしたが、その時彼は勝手に話し出したのです。ただ聞くだけでしたが。話の内容がどうも昭和の初め頃?の話です。まだ私が生まれていない時代の事を話しているのです。きっと彼は自分の前世を思い出しているのか、その時代にワープしているのか。不思議な状況でした。
それからしばらくして、彼は覚醒しました。事故後の事をまったく覚えていないのです。本来なら100mも飛んで落ちたのですから内臓破裂により即死だったかもしれません。でも奇跡的に生還したのです。退院時に彼は私に「リハビリ頑張ってもう一度バイクに乗りたい。それが僕の夢」だと。私は「えっ!こんな大変な事故に遭ってもまた乗りたいと思うの」と思わず言ってしまいました。
命を懸けてまで大好きなバイクに乗りたいと言った彼は今頃どうしているのでしょうか。どうか健やかでおられますように。
人間の生命力は計り知れません。あきらめたら終わりです。私は看護師として多くの方の生死に関わらせていただきました。そして知ったのです。命は何と美しくはかないものでしょうか。でも時には輝きを増し、周りを明るくしてくれます。そんな命を大切にしたいものです。