naranoasuka’s blog

総ての世界に通じる道理に関して追求するブログです

【知行合一とは】

 知行合一とは、中国の明のときに王陽明がおこした学問である陽明学の命題のひとつです。知(知ること)と行(行うこと)は同じ心の良知(人間に先天的に備わっている善悪是非の判断能力)から発する作用であり、分離不可能であるとする考えと書いてあります知行合一 - Wikipediaから引用させていただきました。

 

 とてもシンプルで素晴らしい学問ですね。この陽明学政木和三氏の前世である(本人が仰っているので確かだと思います)熊沢蕃山飯田史彦氏の前世かもしれない吉田松陰吉田松陰の開いた松下村塾で学んだ高杉晋作など若者達が影響を受け、「自由と平等」が根底にある明治維新へと繋がっていくのです。

 

 私が神戸に住んでいた時、本がピカピカ光る体験を神戸図書館でしました。その本は政木和三氏の書いた『精神エネルギー』という本でした。

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 その本との出会いから、私は次から次へと人を介して目に見えない世界へといざなわれて行きました。政木和三氏は御自分の前世をいくつか語っておりました。例えばアトランティスでは神官であり、アトランティス時代に多くの発明をしているため今生では簡単に発明ができてしまうから特許は取りませんとおっしゃっていました。

 

 政木和三氏の前世で熊沢蕃山という方がいました。熊沢蕃山は江戸時代の陽明学者です。池田光政の補佐役として岡山藩初期の藩政確立に取り組みました。零細農民の救済、土木事業により土砂災害を軽減し、農業政策を充実させました。これらの大胆な藩政の改革は守旧派との対立をもたらしたのです。幕府が官学とする朱子学と対立する陽明学者の蕃山は批判を受けたのです。これらの話からも政木和三氏の生き様がよく解ります。

 

 当時江戸時代初期の三名君として称されている池田光政陽明学者の熊沢蕃山を招聘しています。全国初の藩校花畠教場を開校しました。寛文10年(1670)には日本最古の庶民の学校として閑谷学校(講堂は国宝)も開いています。教育の充実と質素倹約を旨とし「備前風」といわれる政治姿勢を確立しています。まさに池田光政知行合一の方だったのですね。

 

 私は政木和三氏の話から熊沢蕃山の名を知りました。それから陽明学知行合一もです。今更ながら『精神エネルギー』の本がピカピカ光ったのは納得できます。

 

 不思議な事に、前世からの性格はよっぽどのことがない限り変わりません。私は今生でいろいろな人達に逢わせていただき得た結論です。