naranoasuka’s blog

総ての世界に通じる道理に関して追求するブログです

【弘法大師(空海)について】

 弘法大師空海)は日本において最も有名な存在だと思います。それもそのはず、空海の功績は日本中あちこちに見られますから。そんな事を言ったら、仏陀(釈迦)はご機嫌が悪くなるのでしょうか。そんなことはありません。仏陀(神)はこの世の変わり目に存在するからです。

 

 空海の素晴らしいところは、仏教の真髄を我々に伝えた事ですね。

現実とは何か、人間が生きることは何か、そしてこの世界とは何かを本当に問うているのは仏教だ』と。儒教はただ単に現実をあとづけ、処世を教えるにすぎない。道教は現実に面と向かわず斜めにかまえ虚無に逃げている。

 

 空海は釈迦の教えを忠実に伝えています。私の生まれ育った近所の方達は、今日は弘法さんの日だからと言ってよくお菓子をくれたことを覚えています。隣近所の人々まで人気者の空海とはどんな存在だったのでしょうか。

 

 空海が31歳の時に遣唐使節として唐へ行きました。その時7歳年上の最澄もおりました。その時最澄は有名でしたが、空海は無名でした。ちょっと不思議ですね。なぜ無名の空海遣唐使節として唐へ行けたのか…それは置いといて。

 空海は唐で恵果和尚に師事します。恵果は「あなたがここにやってくるのを以前から待っていました。私の命は尽きようとしているのに、法を授ける者がいないことを残念に思っていた。さあ急いで準備しなさい」と。恵果は空海密教の総てを授けようとしました。

 

 この流れ(高尚な和尚様が、あなたを待っていたという話)三蔵法師玄奘が天竺で言われたこと、上座部仏教の僧のガユーナセアロが言われたことと類似しています。

 

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 空海は語学の天才でした。中国語を理解し、インド人学僧からサンスクリット語を学んでいます。20年の留学予定を2年できりあげています。空海が日本に戻ってから以後30年間遣唐使は閉ざされています。

 空海密教の真髄である理趣経を説きました。

 理趣とは道理のことである。理趣には三種の理趣がある。一つは耳で聞ける道理である。もしそれを求めるならば、聞くべきは己の内部に秘められた真実の言葉である。外に求めるべきではない。

 二つは眼で観れる道理である。もしそれを求むるならば観るべきものは、己自身の肉体である。他人に求めるべきではない。

 三つは心に念ずる道理である。もしそれを求むるならば、己が一念の中にそれを求めよ。他人の心中に求むるべきではない。

 

 『我々を取り巻くこの宇宙の動きは、その体現者たる大日如来の身体・言葉・意識の働きであり、その働きに我々人間の身体、言葉、心の働きを合致させることで我々はこの身のまま成仏できるのだ。生きていることを否定することはない。人間とは本来この物質的な肉体を抱えたままで生きながらに仏の智慧を得ることができるのだ

 

 空海は煩悩を肯定、男女の愛欲までも否定していません。空海が煩悩にまみれた我々に伝えたいことは、人は仏陀と同じになれるではないでしょうか。