naranoasuka’s blog

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【神仏習合のはじまり】

 推古天皇は東アジア初の女帝です。

 今から約1400年前に即位されました。

 推古女帝の時代は、朝鮮半島情勢が混乱していた時期です。

 そんな中で、敬神の詔の事が日本書紀に書かれているそうです。

 『古来わが皇祖の天皇たちが、世を治めたもうのに、つつしんで厚く神祇を敬われ、山川の神々を祀り、神々の心を天地に通わせられた。これにより陰陽相和し、神々のみわざも順調に行われた。今わが世においても、神祇の祭祀を怠ることがあってはならぬ。群臣は心をつくしてよく神祇を拝するように」とあるそうです。

 それが日本において神仏習合のはじまりと言われております。

 

 推古女帝は、仏教をめぐる争いを終らせようともしていました。 

 甥の厩戸皇子聖徳太子)の助けもあり、十七条の憲法を発布しています。 

 こうして、画期的な改革が行われたのです。 

 推古女帝は、仏教と先進文化を学ぶため、遣隋使を派遣しました。

 彼ら、留学生や留学僧が、隋の政治方針である、中央集権制度や律令制、税制などを学んで日本に伝えたといわれています。

 

 私は思います。日本の黎明期を 築いたのは、推古女帝と厩戸皇子聖徳太子)がいた飛鳥時代だと。

 明日香村には、推古女帝の時代に創建された寺院の、『飛鳥寺』があります。

 『飛鳥寺』には、日本最古の大仏様がいらっしゃいます。